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福岡地方裁判所 昭和28年(タ)14号 判決

原告 ハロルド・エフ・ベクホルド

被告 カタリーナ・ベクホルド

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告と被告とを離婚する、原被告間に一九四七年四月二十五日出生した長女ベニタ次女ハイデイに対する親権者を原告と定める、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一  原告はアメリカ合衆国市民で福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵に住所を有し現在は同県同郡米軍板付航空基地内に勤務している者であるが、一九四九年十一月ドイツ国でドイツ人たる被告と婚姻した。婚姻前原被告は同国バドオルブにおいて同棲生活にはいり一九四七年四月二十五日被告は原告との間の子である双生児長女ベニタ次女ハイデイを分娩した。被告は一九四六年姙娠するやその性格及び原告に対する態度は一変し、昼夜の別なくがみがみと小言をいい、金銭に対する執着がはげしくなり何事にも現状に満足しないようになり原被告の愛情は冷たくなつたが、原告は既に生れた二人の女児の幸福を希う一念で帰米間近に正式の結婚をなした次第である。

一九五〇年一月原告はドイツ国よりアメリカ合衆国に帰り、被告が少しおくれて同年三月頃子供二人を連れて渡米するや、同年四月住所をフロリダ州ローダデイールに定めたが、被告の原告に対する金銭の要求はますますはげしくなるので高給を求めて次々と職を転じ、ついに一九五一年八月軍物品販売所に勤務することとなり日本に派遣されて肩書地に居住することになつた。これわひとえに全力をあげて働くことにより能うかぎりの高給を得て被告の金銭的要求を満たさんがためであつた。

婚姻後の被告の行動の大要は以下のとおりである。被告は原告が渡日するやそれまでに原告に秘して蓄えていた約千三百ドル及び原被告の共同事業の売却代金千四百ドルを持つて子供二人を連れドイツ国に帰つた。一九五二年二月、被告は原告より被告及び子供らの渡日旅費の送付を受けながら原告の意思に反し渡日せず、且通信も次第におろそかになつた。

原告は被告の態度に不審をいだき、繰り返し手紙を送つたが、返事は殆んどなく、毎月原告より被告及び子供らの生活費の仕送りを受けながら、十五セントの切手代も支払う余裕がないといつて原告を愚弄するに至つた。そこで同年六月被告えの送金を遅延させたところ、被告はドイツ国で一人の男性と半分宛の持分で共同事業を経営していることを伝え、且つ原告からの送金がなければ餓死する外はないといつて来た。ここにおいて、原告は所有のジープを売却して得た金に銀行からの借金を加え、被告と子供らの日本国までの航空旅客機の切符を買つて生活費と共に送り、同時に、もし被告にして原告の許に帰来しなければ今後は一切の送金を停止する旨申し送つたところ、被告は同年九月二十八日子供らとともに渡日し原告と同棲するに至つた。

二  しかしながら被告は、一九五一年九月頃から一九五二年八月頃までの間ドイツ国ハイデルベルク市に滞在していたが、この期間半分の持分をもち合つて共同事業を営んでいたフリードリツヒ・シヨンマーと称する男性と不倫の関係を結んでいたものである。被告のこの不貞行為を以て本訴請求原因の第一とする。

三  渡日後の被告に対し、一九五二年十月十一日附手紙で前記フリードリツヒ・シヨンマーは、被告の将来の伴侶として原告を選ぶか自分を選ぶかその態度を決定せよと要求し、同年十一月一日までに被告がドイツ国に帰来する日を明示しない場合は被告との関係を絶つべき旨の通知をした。被告はこの手紙に接して、原告及び子供らを捨ててフリードリツヒ・シヨンマーの許に帰ることを決意し、同年十二月八日原告に無断で単身原告の許を去つてドイツ国に帰つた。被告の原告を悪意で遺棄した右行為を以て本訴請求原因の第二とする。

四  以上第一、第二の請求原因が理由なしとするも原被告間の婚姻生活は次に述べる重大な事由によつて到底継続しがたい事情にある。これ本訴請求原因の第三である。すなわち

(1)  被告は原告及びその母に対し重大な侮辱を加えた。

被告は一九五〇年三月渡米し、原告及びその母とニューヨーク市の原告・母のアパートで共に生活したが、その間原告の母と折合が悪いばかりでなく、原告の母と原告とが不倫の関係があるといつて原告の母と原告に重大な侮辱を加えた。

(2)  被告は婚姻以来原告を精神的に虐待し続けて同居にたえない侮辱を加え、性粗暴にして原告に対する愛情がない。

被告は一九五〇年三月渡米以来原告と同居していた期間しばしば他人に向つて原告の職業を恥しく思うといい、原告を能なしの悪人であると罵り、一九五二年九月末以降は、原告の面前でドイツ国にいる被告の愛人や男友達を賞揚し、公然と文通する等原告を侮辱し精神的に虐待した事実は枚挙に暇ない。また、一九五三年三月以降に至つては、原告が勤務先の軍物品販売所の品物を盗んだとか闇売したとか、勤務先の金を着服したとか被告等を扶養しないとか、これらすべて虚構のことを、場所をえらばずいいふらし、さらに福岡県筑紫郡板付米軍航空基地司令部及び神奈川県大船市所在の米軍物品販売所本部に右のことを申告して原告を侮辱すると共に原告を失職させ且つ刑事々件の被告人たらしめんとした。

被告は元来些細なことに激昂するたちで、激すると思慮分別を失つて半狂乱の状態となり、原告又は原告の友人知己を理由もなく罵る有様で、その性粗暴、抑制のできない気質の持主であつて原告に対し呪の言葉を浴びせ唾を吐きかけることも一再でなかつた。

原告は婚姻以来被告と平和な家庭生活を営んだことは殆んどない。原告は、さきに一言したとおり、一九五〇年二月以降一九五一年八月渡日するまでの在米期間中転々として職場を変えて昼夜の別なく働かねばならない程であつたが、これ全く、被告が極度に金銭に執着をもち、原告が週百ドルの収入を得、そのすべてを被告に与えられるようにならなければ満足せず、収入が少ないといつては大声をあげてわめきちらし、原告をして夜も安眠できないよう責めつづけたために外ならない。

(3)  被告は母親としての愛情を有せず子供の養育監護について関心なく、主婦たる能力がない。

被告は妻としてまた一家の主婦として原告及び子供らに対し当然なすべき世話をしないばかりでなく、ハイデイをしばしば殴打し、原告及び子供らに対してことさらに野卑な言葉を使い子供らが原告を慕うのを嫌い、子供達の教育についても親としての注意を払わない。

ベニタ、ハイデイは一九五三年二月頃から福岡県筑紫郡米軍板付航空基地内にある米軍家族学校に通つていたが、同年四月頃被告がその学校にいき子供にしらみがいるといつて騒ぎ、野卑な言葉で教員に応対したため、被告の言動が他の子女に悪影響を与えるとの理由で校長からベニタ、ハイデイ共に同年九月まで通学を禁止された。

(4)  被告は一九五三年三月二十四日何ら事前の通知なくして突然ドイツ国より肩書の原告住所に帰来したが、原告は離婚の意思を告げその日以降居を転じて別居しており、同年九月三十日被告は子供らを連れてアメリカ合衆国に渡り肩書住所に転じた。原告は別居するに至つた同年三月以降被告に対し毎月平均二百ドル以上(被告及び子供二人の食糧は米軍基地で購入するので毎月合計三十ドル以下を要するにすぎない)を渡して来たのに、原告から扶養を受けていないと称し原告を観ること仇敵の如く原告に面倒事をおこすために手段をえらばない有様で、将来においても和諧の見込は全くない。

五  法例第十六条所定の離婚原因たる事実の発生した当時における夫たる原告の本国法はアメリカ合衆国法(その法は実質規則ではなく、その国際私法規則、いわゆる衝突規則であることは法例第二十九条よりみて明白である)であるが、アメリカ合衆国には離婚事件の裁判管轄権は当事者の住所地を管轄する裁判所のみにあり、離婚の準拠法は当該裁判を行う裁判所の存する地の法律すなわち法廷地法であるとのアメリカ合衆国各州に共通する一般法がある。

アメリカ合衆国は法例第二十七条第三項にいわゆる地方により法律を異にする国ではあるが、原被告は福岡県筑紫郡二日市町に住所地を有しているのであるから、前段アメリカ合衆国の各州がとる法廷地主義なる国際私法により、原告がアメリカ合衆国のいづれの州に属するかを論ずるまでもなく本件離婚請求についての準拠法は日本国民法である。

六  被告の住所及び管轄権に関する本案前の抗弁に対し次のとおり述べた。

(1)  原告は軍人ではなくアメリカ合衆国の市民であり強制されて勤務しているものではない。すなわち、原告の米軍板付航空基地内の酒保での勤務は米国法上の強制によつてなされているものではなく、原告が就職を希望し、且つ同所で勤務することを承諾したが故になされているものである。酒保の都合により上官の一方的命令によつて勤務場所を転々としなければならない地位ではなく、原告の意思に反して転勤せしめられるものではなく、辞職は全く自由である。

また原告は、米軍基地内に居住を強制せられるものではなく任意に基地外に住所を定め家庭をもち、その家族と共に生活する自由を享受しているものである。現に原告は一九五一年十二月福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵大丸公園内の家屋を賃借しここを「ホーム」と定めて永住の意思を以て居住をはじめ一九五二年九月から十二月まで(すなわち、被告の滞日期間全部)は家族全員と共にここに居住し、被告がドイツ国に帰つた後も子供らと共にここに家庭をもつていた。本訴提起当時も原告の家庭は依然としてここにあり妻子も居住していたのである。

なお、一九五一年九月頃被告が子供二人を連れてアメリカ合衆国よりドイツ国に帰つた後は、アメリカ合衆国内には原告又はその家族が所有し又は賃借していた家屋はなく、原告の家族にしてアメリカ合衆国内に居住していた者は一人もなく、同国に帰る計画も全くなかつた。

故にアメリカ合衆国法からみても原告のドミシールは本訴提起当時は福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵大丸公園内にあつたといえる。

(2)  被告主張の如く、本件離婚事件については原則的裁判管轄権が原告の本国たるアメリカ合衆国にあるとしても、原被告が前項の場所に日本国法上の住所を有しているから、例外的裁判管轄権として原告は右住所地を管轄する日本国の裁判所において離婚の裁判を受ける権利を有するものである。

〈立証省略〉

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として「本件訴を却下する」旨の判決を求めその理由として本件訴に対しては当裁判所は裁判管轄権を有しないとし次のとおり述べた。

(1)  本件において原告が米軍板付航空基地酒保に居住するアメリカ合衆国人であり、被告がその妻たるドイツ婦人であることは訴状の記載自体によつて明らかである。かくの如く当事者双方が外国人である場合の離婚の裁判権は、ことが渉外的事項であるのみならず、身分上の効果を伴うものとして当事者の本国が重大な利害関係を有するものであるから国際私法の見地より考察せらるべきところ、国際私法上は原則として当事者の本国にありとされ、夫婦が国籍を異にする場合には夫の本国が有するとされている。ただ実際上の不便を除くため例外的に住所地の裁判所に管轄権があるとされている。もしこの国際私法上の考慮が無視されて、管轄権を有しない国の裁判所により離婚判決がなされた場合には、右離婚判決は本国において承認されず、したがつて本国においては有効に離婚がなされなかつたことになり、法律上困難な問題が発生するのである。

ところで夫たる原告の本国はアメリカ合衆国である前記国際私法からみて本件離婚事件の裁判管轄権は原則的にアメリカ合衆国にあるといわねばならない。わが国が本件につき裁判管轄権を有するのはアメリカ合衆国法上当事者がわが国に住所を有する例外的な場合のみである。

このことはわが国には明文の規定を欠くが、法系上母法ともいうべきドイツ民事訴訟法は夫婦が外国人であるときは内国裁判所は夫の本国法によつても管轄権ある場合にのみ内国で離婚の請求をなしうべきものとされ、米国国際私法によると離婚の管轄権は夫婦の双方又は一方の住所地(ドミシール)にあるとされているに徴しても明らかである。

(2)  そこで本件について当裁判所に裁判管轄権ありとするには、原告の住所が当裁判所管内にあることが必要である。

原告は訂正前の訴状の請求原因第一項において「原告はアメリカ合衆国市民でフロリダ州に住所を有していた者で現在は福岡県筑紫郡米軍板付航空基地に居住しているが」と主張していることに徴し、住所(ドミシール)と居所(レヂデンス)と明確に区別していない。原告は右板付基地には居所を有するにすぎず、住所はフロリダ州にあるのでもなく、ニューヨーク州にある。

原告の生来住所(ドミシール・オブ・オリジン)がニューヨーク州にあることは結婚証書中に出生地ニューヨーク市と記載しあることに徴しても明らかである。しかして本人の選択により新たに住所を獲得するまでは従前の住所はたとえそこに現実には居住していない場合にあつても依然として本人の住所と看做されるのであつてこれは英米法上の住所概念である。元来、子は原則として父の住所地を以て住所地とするから、特別の立証のない限り原告は軍隊に入るまでニューヨーク州に住所を有していたというべきである。更に兵隊は軍隊に勤務中は選択住所(ドミシール・オブ・チヨイス)を有し得ないから、一九四七年除隊するまで依然としてニューヨーク州に住所を有していたとみるべきである。ドイツ国において除隊後原告はミユンヘンにある米軍将校クラブのマネージヤーとして勤務して一九五〇年一月ニューヨーク市に帰り母親の止宿していたホテルで二ケ月間過している。右ミユンヘンその他ドイツ国内の居住は単に一時的の商業上の滞在であつて住所は依然としてニューヨーク州にあつたとみるべきである。その後フロリダ州でクリーニング業を開始したが、間もなくやめて一九五一年三月末にニューヨーク州に帰り、そこに住宅を賃借し一九五一年八月来日するまで居住して来たのである。住所の変更が容易に認められない英米法の下では、以上の事実によれば、原告の住所はフロリダ州ではなくニューヨーク州にあるというべく、之に反する原告の主張は是認できない。

(3)  原告がその主張の場所に住所を有するとの事実は否認する。原告は一九五一年八月来日したが、之は米軍航空基地酒保に勤務する為に派遣されたものである。このことは訴状に肩書住居地として米軍板付航空基地酒保として記載しあること自体からも明らかである。原告の右勤務は正しく原告が一九四七年除隊後米軍将校クラブのマネージヤーとしてドイツ国内を転々として勤務したのと同じであつて、もし勤務先が板付航空基地から立川基地勤務に変れば直ちにその居住地を変更することになるものである。またかりに、右基地が閉鎖されて朝鮮もしくは台湾又は小笠原に移るとすれば之に随伴して原告は移動するものである。したがつて原告は米国国際私法上の住所認定に関する限りでは、その身分は軍人軍属に準ずる立場にあり、少くとも「法律的に拘束された状態における居所」を有するものと称すべきである。

米国国際私法上裁判管轄権の存する住所地にいわゆる「住所」(ドミシール)とは単なる「居所」(レヂデンス)を指称するものではない。わが民法にいわゆる「生活の本拠」よりも一層厳格な要件を必要とする。しかして本件裁判管轄権肯定のための住所の概念は米国国際私法における住所のそれによつて決定されねばならない。ところで、米国国際私法上選択住所(ドミシール・オブ・チヨイス)を獲得するには居住の事実の外に、更に永住の意思を必要とする。しかるに米国国際私法上軍人や軍人に準ずる者には居住につき法律上拘束される訳であつてその身分を有する間は選択住所を定めえないことになつている。原告の身分が何であるか不明であるが、勤務年限・勤務先・勤務場所からみて軍属に準ずる身分であることは疑なく日本に選択住所を有しないのである。

かりに原告の身分が軍属又は軍属に準ずる者でないとしても、日本に居住しているのは高給を求めて一定期間暫定的に酒保に勤務しているのにすぎないから、日本に選択住所を取得してないというべきである。

本案について主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一  請求原因一項中、原告がアメリカ合衆国市民であること、原被告が一九四五年ドイツ国バドオルブにおいて同棲したこと、被告が一九四七年四月二十六日(原告主張の四月二十五日ではない)原告との間の子であるベニタ、ハイデイの双生児を分娩したこと、原被告が一九四九年十一月婚姻したこと、原告が一九五〇年一月頃帰米しついで被告並びに子供らが同年二月(三月ではない)渡米したこと、一九五一年七月(八月ではない)原告が渡日したこと、同年九月被告がドイツ国へ帰り一九五二年九月ドイツ国より渡日したこと、同年四月から同年九月渡日するまでドイツ国で原告主張の男と共同事業を経営していたこと、原告が一九五二年被告及び子供らのためドイツ国より日本までの航空旅客機の切符を送つて来たことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

二  同二項の事実はすべて否認する。

三  同三項中、被告が一九五二年十二月八日ドイツ国に赴いたことは認めるがその余の事実は否認する。

四  同四項中、被告が一九五三年三月二十五日(二十四日ではない)ドイツ国より帰日したこと、同年九月三十日子供らを連れてアメリカ合衆国に帰り肩書住所に転じたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

五  本件離婚の準拠法はニューヨーク州法であつて、日本国民法ではない。原告の住所が日本になく、ニューヨーク州にあること前敍の如くであるが、かりに被告の応訴により本件につき当裁判所に裁判官管轄権を認められるとするも、その準拠法は、米国国際私法により住所地法であり、原告の住所たるニューヨーク州法である。

しかして同州法によると裁判上の離婚原因は姦通だけに止まる。被告は姦通した事実がないから原告の本訴請求は理由がない。かりに被告に原告主張の如き姦通の事実があるとしても、原告自身も姦通している。原告は被告が一九五二年十二月初旬ドイツ国に出発した直後さち子という日本の女性を二日市町の住居に引入れ被告が一九五三年三月帰宅するまで同処で同棲しその他にも多くの日本の街の女と性関係を結んでいる。したがつて原告自身不倫の身を以て被告の不倫を原因として離婚を請求することはできない。

〈立証省略〉

理由

一  まづ、本訴につき当裁判所に裁判管轄権がない旨の被告の抗弁について判断する。

(イ)  親族法上の身分関係の得喪は国家の社会秩序・隆替と密接な関係を有するから、離婚事件については各当事者が国籍を有する本国が深い関心を有すること当然であつて、国際私法の原則として、夫の本国が之について裁判管轄権を有するものとされていることは、今日異説を見ないところである。只、夫の本国のみが専属且つ排他的に裁判管轄権を有するものとなすことは、紛議をかもし斗争を続けている当事者の居住する国家にとり社会秩序維持の見地から堪え得ざるところであり、他面当事者にとつても居住地生活と関係浅い本国に提訴するのやむなき不便を与えるところから、例外的に当事者の住所地に裁判管轄権が認められているものと解すべきで、これ、法例第十六条の規定により推認せられるところである。ところで、当事者の居住する場合というも、夫婦共に住所を有する場合夫又は妻の一方のみが住所を有するに過ぎない場合、又この場合も夫又は妻が原告又は被告となる場合等が考えられ、居住するとは住所に限るか居所を以て足るか等について問題とせられる点が多々あるが、当裁判所は本件解決に必要なる限度においてこれらの諸点を次の如く解する。すなわち、「夫及び妻が共に住所を有すること。」しかして妻の住所は適法な離婚原因の存することにより別居していたり、夫とは別個に事業を他の場所に営む等特段の事情の存する場合は格別そうでない場合は夫婦同居の義務あるところより生計の資を稼ぐ夫の住所にあるものと解する。居所あるにすぎない場合は、未だ居住地の裁判所に管轄権を認めるに足る居住国の公益的要求も、当事者の便宜の要求も充分ということはできない。

しかして、ここにいう住所の概念は、離婚の訴を提起せられた裁判所が、その所属する国の法律により判断すべきであつて、当事者の本国法によつて判断すべきでないことと解する。けだし、当該裁判所が提起された国際人事事件につき裁判管轄権を有するや否やについての問題は、上記の例外的裁判管轄権を認めた理由に照らし、当該裁判所が所属する国の法律によつて独自に判定すべき事柄であり、当該事件についてどの国の法律を適用して解決すべきやの問題(準拠法の決定)以前の事柄だからである。

当事者の本国法が当事者の居住する国の裁判管轄権を認めているか否かは、当事者の居住する国の例外的裁判管轄権を肯定することと直接かかわりはない。けだしわが国の実定法は、夫婦が外国人であるときは内国裁判所が夫の本国法によつても管轄権のある場合にのみ内国で離婚の請求をなし得る旨のドイツ民事訴訟法第六百六条の如き明文の規定を設けていないし、また、アメリカ合衆国一般の国際私法が当事者の住所地を管轄する裁判所のみが離婚事件について裁判官管轄権を有する旨規定していても、かかる外国の法律がわが国の裁判管轄権を拘束する力を有しないこと勿論であつて、かかる規定あるにかかわらず、わが国は当事者の本国のみ裁判管轄権を有する旨規定するも可能だからである。当事者の本国はその国家主権に基き、外国裁判所の判決を承認するか否の措置を採りうるにすぎない。

(ロ)  以上の観点に立つて本件を考えるに、原告本人尋問の結果(第一ないし第四回)、当事者間に争のない事実を綜合すると次の事実が認められる。夫たる原告はアメリカ合衆国の国籍を有する者にして軍人としてドイツ国に駐在するうち一九四五年秋ドイツ国籍を有する被告と知合い同棲生活にはいり、事情あつて一旦帰米したが間もなくドイツ国に渡つて同国に所在する米軍物品販売所のマネージヤーとして勤務しつゝ被告と同棲生活を続けた。一九四七年四月二十五日原被告間に双生児たるハイデイ、ベニタの二女が出生し、一九四九年十二月正式に婚姻した。ついで翌一九五〇年一月原告は単身帰米し、同年三月被告も二児を伴つて渡米し、ニューヨーク市において同居生活にはいつた。ニューヨーク市における原被告の夫婦生活は原告の母と共にするものであつたが、同市においては適当な就職先もなく生活のたつ見込もないので、原被告は二児を伴つて同年四、五月頃フロリダ州に赴き洗濯業を営み、或はレストランで働いた。しかし原被告間の折合の円滑ならざると収入の不充分なために一九五一年四月再びニューヨーク市に戻り、暫らくレストランで働いたが、生活の不如意から高給を求めて外地で勤務することを希望し、駐日米軍物品販売所のマネージヤーの職に就き期間二ケ年の契約によつて同年八月八日単身横浜港に到着し、同年九月より板付航空基地所在物品販売所に勤務することとなつた。被告は朝鮮事変勃発による渡航制限のため原告と共に渡日することができず、同年九月二児を伴つてドイツ国に帰つた。原告は当初は板付航空基地内米軍宿舎に寄宿していたが同年十二月二日市町武蔵所在大丸旅館経営の住家を借り、家具を具え、女中を傭い入れて被告並びに二児との家庭生活を営む準備をととのえて、被告に対し渡日を促がし旅費を送金したが、被告が直ちに之に応ずることなくして時日を徒過するうち一九五二年九月被告は二児を伴い日本に渡り、前記二日市町の原告の借家において原告と同居するに至つた。

ついで同年十二月上旬被告は再び単独で帰独したが翌一九五三年三月二十四日再び前記住居に帰来した。原告は被告の右帰宅と同時に喧嘩別れをして、同日以来被告と別居し板付航空基地内の米軍宿舎に起居している。しかして、原告が渡日したのは、期間二ケ年の約定であつたが、期限後は不確定期間日本に留まる意思の下に、一ケ月の予告期間を以て契約を解除しうる権利を保留して、期限の定のない雇傭契約の下に月収三百六十ドルを得て、依然として板付航空基地内物品販売所に勤務し在日期間満三年を超えて今日に至つている。被告は原告が昭和二十八年(一九五三年)四月二十七日提起した本件離婚請求事件に対し、請求棄却の判決を求めて応訴し、訴訟進行中同年九月三十日二児を伴い帰米し肩書住居に居を転じた。

以上認定事実に徴すると、例外的管轄権の認められる二つの理由、すなわち居住地の国の紛争干与に対する公益的要求並びに当事者の便宜の要求よりみて、原告の本訴請求について当裁判所が例外的管轄権を有すると認めるに足る住所ありと解するを相当とする。されば、之を否認し訴却下を求める被告の本案前の抗弁は理由がない。

二  よつて次に本案について審議する。

(イ)  法例第十六条によると、離婚はその原因たる事実の発生した時における夫の本国法によるとされ、同二十七条によると、地方によりて法律を異にする国の者の事件についてはその者の属する地方の法律によるとされている。夫たる原告はアメリカ合衆国の国籍を有しており、同国は地方により法律を異にするものであるところ、成立に争のない甲第二十二号証によると原告はニューヨーク市において出生しているから同州民であると認められる。

したがつて本件の準拠法はニューヨーク州法と解せられる。ところで準拠法たるニューヨーク州国際私法は、離婚事件の準拠法は法廷地法(妻は法定住所として夫の住所と同一であるとされる)としている、その意味を検討するに、同州を含むアメリカ合衆国の準国際私法によると、当事者の住所所在地の裁判所が離婚に関する裁判権を有し、法廷地の法律が準拠法となるのである。裁判管轄権に関する右の規定はわが国を拘束しないこと前敍の如くである。しかして、準拠法が法廷地法というのは裁判管轄権に関する右規定と綜合して解釈するとき、結局、当事者の住所地法が準拠法となる趣旨であることが理解される。他面、法例第二十九条は当事者の本国法に依るべき場合においてその国の法律に従い日本の法律によるべきときは日本の法律によるとしている。したがつて原告が日本に住所を有するならば住所地法たる日本国民法が本件について準拠法となるわけである。

ところで右ニューヨーク州法にいう「住所」は、当然のことながらニューヨーク州法の意味するところの「住所」であり、日本の法律にいう「住所」と解することはできない。住所は国際社会に通有の法概念として「生活の本拠」と解し、定住の場所を意味する点においては異説を見ないであろう。しかしながら、国家はそれぞれ、歴史的経済的社会的事情の相異のゆえに、同一法概念の器に異る内容を盛る。ニューヨーク州法に用いられる住所(ドミシール)はその州の法概念内容によつて判定されるべきこと明らかである。

ところでニューヨーク州法を含む米法においては、住所は本源(又は生来)住所選択住所および法定住所の三種がある。本源住所は人が出生によつて取得する住所であつて、他の住所を取得するまで変更されない。選択住所は法律上住所を変更する能力を有する者が自己の意思によつて取得する住所である。法定住所は選択住所を取得する能力のない者に対し、その意思又は居住の事実にかかわりなく法律上与えられる住所であり妻の住所は夫の住所に従うとされるが如きものである。夫たる原告は前記の如くニューヨーク市の出生であるから、本源住所はニューヨーク市である。しかして本源住所は選択住所の取得によつて消滅する。しかして住所を取得又は変更するには定住の事実の外に定住の意思が必要とされる。すなわち一定の場所に現実に居住する事実とその場所を生活の本拠として定住する意思の二つ存することが要件とされる。

(ロ)  以上の見解に基き、原告の離婚原因発生当時の住所を判断する。原告の経歴、職業、原被告の生活関係は例外的裁判管轄権を肯認した際述べたとおりであつて、原告は駐日米軍に附属する物品販売所のマネージヤーの身分を有し、右身分はニューヨーク市において米軍当局との契約に基き取得したもので、被告が渡日したのは米軍に対する契約上の義務を果たすためであり、原告が日本に滞在するのは全く米軍当局の任務を遂行するためである。原告は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」に種々の特権を認められた同協定にいわゆる軍属であり、本邦への出入国について出入国管理令の規整を受けない者である。軍属であつて軍人(将校ないし兵士)でないから滞在、居住につき軍の強制を受けないであろうが、広義における軍務の一部を遂行しつゝある地位にある関係上、一般の市民と同様、日本滞在について全く自由ということはできない。軍との雇傭関係が解消すれば、一旦帰国すべき地位にあり、再び日本に入国或は滞日することを得るや否や不確定である。かかる軍属の地位は住所との関連においては法的に軍人の地位に準じた取扱をなすを適当とする。米法上軍人は一般に勤務地に住所を有しないものとされる。しかして、この種軍属の身分を有する原告が渡日したのは妻たる被告の強い金銭的欲望を満足させるため高給を求めるのが目的であり、始めから日本に定住する目的ではなかつた事実、滞日期間も二ケ年の予定であつて、その期間満了前に本訴を提起し、当初の二ケ年経過後は一ケ月の予告を以て解約しうる約定を含む契約に切り替えてその地位を保持しつゝ今日に至つている事実、フロリダ州に移住した際もそうであつたが今日なお家財道具はニューヨークに預けている事実等が原告本人尋問の結果(第二回)、成立に争のない甲第十四号証の一、ないし三、乙第十四号証によつて認められる。してみると、原告が日本に居住するのは全くの自由意思を以て日本の生活の本拠を定め、ここを永久又は不確定期間永住地と定めたものと目することができないから、米法上日本に「住所」ありと認定することはできない。しかうして原告が一九五〇年から一九五一年に亘り一ケ年足らずフロリダ州に居住した事実はさきに認定したとおりであるが、これとて同州に「住所」を定めたとも解せられず、ひつきよう原告の住所は今日なお本源住所としてニューヨーク州にあると認むべく、本件離婚事件の準拠法はニューヨーク州法と認定するのが相当である。

三  よつて以下、ニューヨーク州法により原告の請求原因事実の有無を判定する。同州法によると離婚原因は姦通のみであるから(その他の請求原因については判断を用いる必要はない)、被告が果して原告主張の如く姦通した事実があるかどうかについて検討する。成立に争のない甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七ないし第十一号証の各一ないし三、第十二号証の一、二、第十三、第十四号証の各一ないし三、原告本人尋問の結果(第一ないし第四回)、証人アーサー・ビ・トレビー、同チヤールス・ビンセント、同花田新二郎、同山下千恵、同マーテイン美津子、同久米富美子、同辻本松治郎の各証言を綜合すると原被告は恋愛によつて同棲生活にはいり、二児出産を迎えて正式に婚姻した者であつて、子供の生まれるまでは家庭生活は円満順調であつた。被告は双生児出産に際し手術を受けた者でその後は性格も変り金銭に対する執着心が強くなつた。一九五一年八月原告が渡日するや、当時の渡日制限によつて被告は一まづ二児を伴つて生国ドイツに赴き、爾来一九五二年九月末渡日し原告と同居するに至るまでドイツ国に滞在した。その間原告は前にも述べたように二日市町に借家を求め、被告に対し渡日旅費を送金し共に家庭生活を営むよう屡々督促したが、被告は容易に之に応じなかつた。その理由は、被告は原告が性粗暴であつて教養も低く、その両親姉妹に犯罪者あり娼婦ありと思惟して結婚当初ドイツ国占領軍将校たりし原告に対し抱いた憧憬の念の減退も著しかつたと考えられる。他面、ドイツ国において同国人たるフリードリツヒ・シヨンマーなるものと知り合い、同人と半々の出資で事業を共同経営するに至り互に愛し合う仲となつた。かくして被告は将来の伴侶として原告よりもむしろ右シヨンマーを選ぶ気になり、右のことを原告にも知らせ、一九五二年九月渡日し原告の許に来たのは原告との婚姻生活を清算し、二児の処置を解決するにあつた。したがつて同年九月より同年十二月初旬までの原被告間の家庭生活は温かい筈のものではなく、寝室を別にするていの異常な夫婦関係で、はたの目にもひややかな間柄であつたようである。しかして、右同居期間中、原被告間に婚姻生活についての結着がいかように進められたか、にわかに断じ難いが(この点に関する原告本人の供述-第二、三回-部分は全面的には措信しがたい)前記シヨンマーからは被告宛絶えず音信があり、そのうちの一つには、将来の伴侶として原告を選ぶか、もしくは原告の許を去つて自己の許に来るか断然たる態度を十一月一日まで明示せよと迫まる趣旨の同年十月二十一日附手紙もある。被告は一九五一年十二月初旬ドイツ国に向け原告の許を離れた。その目的が奈辺にあつたかは推断しがたい。しかるにドイツ国に来りシヨンマーと会つてみると、同人は既に他の婦人と結婚しており共同事業の経営も香しくなく、同人と事業上相反目する状態に立至つていた。被告は絶望に陥ると共に自己の従前の行状を後悔し、原告を想い子供への愛情に責められ、原告との家庭生活への復帰を懇請する手紙をドイツ国より原告宛矢つぎ早に郵送するうち、翌一九五三年三月末突然原告の許に帰来した。しかし原告宅に到着し原告がさち子という日本女性と同所で同棲していた事実を目撃するや、同家玄関で矢にわに原告と喧嘩口論し原告はいたたまれず右居宅を飛出しじ来別居するに至つている。

ところで、被告とシヨンマーとの関係が単にプラトニツクな恋愛関係にすぎないか、それとも原告主張の如く肉体関係にまで深入りしたものであるかについて案ずるに、前段認定の状況事実に加うるに、成立に争のないシヨンマーの宣誓口供書(甲第三号証の一ないし三、)同人より被告宛の書簡(甲第一号証の一ないし三、)被告より原告宛の書簡(甲第七号証の一ないし三、)同(甲第十号証の一ないし三、)を仔細に検討すると、両者の間には姦通不倫の関係ありと認定するを相当とする。シヨンマーの右宣誓口供書は一九五三年五月十三日作成にかかり、同人が被告と疎隔を来たした後、しかも本訴提起後に作成された文書であること並びに成立に争のない乙第一ないし第五号証の存在も右認定を覆すに足りない。

よつて次に被告の原告にも姦通ありとの抗弁について検討するに、証人マーテイン美津子、同久米富美子の各証言によると、原告は一九五二年十二月被告がドイツに帰国するや直ちにその夜からその日まで被告と同居していた二日市町武蔵の居宅に「さち子」という日本女性を引入れて同棲し、同家のメイド達をしてさち子を奥様と呼ばしめて事実上の夫婦生活をし右関係は被告が翌一九五三年三月帰来するまで続いたことが認定される。してみると、原告にも被告を責める姦通行為を自らしているものといわねばならない。

ニューヨーク州法によれば、姦通を理由に離婚請求を受けた被告は、原告にも姦通の事実あることを以て反対告訴(互責)リクリミネエシヨン)を主張し得、かかる事実は離婚阻却原因となることを規定している。かかる法律規定の立法上、理論上の是非は兎も角として、右規定によれば、原告は自らの汚れた身を以て被告の姦通事実を責めることは出来ないものとされている。されば原告の本訴請求は遂に理由なきに帰するから失当として棄却を免かれない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清)

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